特集記事

ひょうごの土木遺産



「ひょうごの土木遺産」 を掲載するにあたって

 昨年(平成18年)3月に、兵庫県教育委員会から「兵庫県の近代化遺産-兵庫県近代化遺産総合調査報告書-」(非売品)が出版された。
近年、建築だけでなく、土木や産業施設の歴史的価値にようやく注目が集まりつつある。建築に比べて土木施設や産業施設は、その目的や用途が時代の変化に伴って、大きく変わるために、多くは取り壊されて新たな施設に更新されてきた。したがってそれらが文化的な価値があるとしても、保存や修復の対象となることはほとんどなかったと言ってもいい。
しかし、大型機械もなく素材にも制限が多かった時代に工夫を重ねて作られた産業遺産や土木遺産は、決して過去の遺物ではなく未来を創造するための優れた教材であろう。できれば何とか使いながら私たちにさまざまな教示を示して欲しいと思う。
一方、土木構造物は何十年も、時には世紀を超えてその場所に立ち続け、風景を形成する一つの要素である。心象風景という言葉があるように、風景は住む人のみならず訪問者の心や記憶に小さくない印象を植え付ける。特に原風景ともなれば長くその人の精神世界を支配することになる重要な要素だ。その意味で土木構造物は、風景とどう関連させるか慎重に検討されなければならないと思う。
単に経済性や合理性だけで形態が決められるべきではないと思うのだが、社会の風潮はそれを許さない。私たち土木技術者は、もっと広く社会に対してこの思いを伝える努力をしなければならないと強く感じる。
私どものホームページに、産業遺産を掲載しているのもこうした思いがあるからである。





余部鉄橋

兵庫県城崎郡香美町余部にある鉄製鉄道橋である。エンサイクロペディア風に言えば、明治42年12月、鉄道橋として2年余の歳月をかけて建設された。設計は古川晴一。構造形式は、12径間トレッスル橋。橋長310.59m、標高41.45m。ということになる。が、この橋のよさは、なんと言っても橋と一体になった風景にある。狭い入り江の中、この地には平家の落人部落伝説があるほど、周囲の山は険しくかつては往来も船以外はなかったという。特に冬の日本海は荒海で知られ、吹きすさぶ風雪と橋の対照は絵画や写真のいい素材である。もちろん菜の花の春、強い陽射しの夏、黄金色の秋もそれぞれいい景色である。



なぜこの橋が絵画や写真の素材として、「絵」になるのだろうか?
 構造形式や建設にからむ歴史的な背景は、さまざまな情報がインターネットや文献で紹介されているから興味や関心のある人はそちらを参照していただくとして、私は前述の画材としての余部鉄橋を検証してみた。
 絵になる要素の第一は、構造がシンプルで力の流れが視覚的に表現されていることだろう。この点は吊り橋やアーチ橋などと共通であり構造美といえる。


 もうひとつはディテール(細部意匠)があるということ。今の構造物は大きな部材で構成することが可能になっている。特に鋼構造の場合、梁にしても柱にしても小さな部材でフレームを構成することはなくなったし、接合も溶接が主流である。その結果、見た目はすっきりした構造部材となっている。
 私は、それが形に「味」をなくしていると思っている。かつては小さな部材を組み合わせて大きな構造を支えなければならなかった。しかもその部材をつなぐにはリベットという熱く熱した鋲を一つ一つ穴に差込みハンマーでたたいて閉め固めるという手間をかけていた。それが図らずも細部意匠(細部デザイン)を構成していた。余部鉄橋も、そうした職人技が生み出す小さな部材の組み合わせによる微妙な陰影が、橋という大きな構造物に豊かな表情を付与している。



 シンプルな構造システムと複雑な部材の構成の対比、調和のよさがこの橋を絵画的にしている。3年後に姿を見せる新しい橋が、こうした視点からひとつの風景になることを期待したい。